2008年03月24日
『グミ・チョコレート・パイン』パイン編
「もう子どもは1歳9ヶ月だから、飲んでもいいんじゃないの?」
「ええっとね、育児で疲れちゃってさ、坑鬱剤飲んでるの。だから、お酒は駄目なんだ」
「えっ、(暫しの間が空き)……放っといたって子どもって育つじゃない。俺は父親だから、母親みたいにずっと一緒に居ない訳で言葉の重みが違うと思うけど、其処迄悩まなくてもいいんじゃない?相談出来る人が居なかったの?」
「まあ、話したら色々あるんだけど、折角生まれて来たんだからもっと幸せにしたいって思ってさ、其れが重かったのかもしれない」
枕が長くなりましたが、『グミチョコ』のヨーダこと山之上のジーさんに言わせると、此れは「執着」になるのでしょう。執着が人間の苦しみの元凶とするならば、執着すればするほど苦しくなる、
人生は空(くう)。しかし挑戦すべき大いなる空。
一生などというものは、出会う事象一つ一つにきっちり落とし前をつけていけばいいだけのことなんじゃ。生まれたら死ぬまで生きればいい。人に会ったら挨拶をすればいい。女と会ったら恋をすればいい。別れたら泣けばいい。泣いたら忘れればいい。忘れたら思い出せばいい(略)。此の辺に、彼女を楽にするヒントがありそうですが、読んだのは今朝ですから上記の頓珍漢な言い方になって了いました。
さて、最終巻ということもあって、非常にテンポが良く、クライマックスのライヴに向かってどんどん物語は加速していきます。ネタバレしない程度に書くと、読み乍ら寺山修司の『あゝ、荒野』を思い出しました。あの主題って、圧倒的な力量の兄貴に勝てない弟、だったと思います。じゃあ、80年代版『あゝ、荒野』ノイズバンド編ってことなのかな?淡々と登場人物の足跡が記されるエピローグは、名曲「何処へでも行ける切手」を想起させると共に、切なさが込み上げてきます。
兎も角、「現実で何かやってやろうぜ!」とケンゾー・カワボン・タクオ・山之上らが熱いメッセイジを読者に送る本作は、文句無しに凄く面白いから周囲の人に薦めつつ、俺は北方水滸伝への長い旅に出ようと思います。続編もあるってことで、楽しみに待っていよう。未だ彼らは二十歳になったばかりなのだから。







